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印刷の歴史について

現代は紙というものが当たり前にあり、それに印刷をすることによって情報を共有できたり拡散できたりします。

チラシ、ポスターやパンフレット、カタログだけでなく、後世に伝えていかなければならないものを書物に残して行きます。

そんな現代文化の発展に大きな影響を与えてきました「印刷」の歴史を簡単にご紹介いたします。



 

木版印刷

木版印刷のイメージ

木の板(木版)に文字や絵を彫刻して凸版を作り、それに絵具や墨汁を塗り、その上に紙をあてて摺って印刷する方法。

現存する印刷物の中で年代が明確になっているもので、世界最古とされるのが、770年に法隆寺に収められた百万塔陀羅尼(ひゃくまんとうだらに)と言われています。

百万塔陀羅尼(ひゃくまんとうだらに)以降2世紀近く印行の記録はありませんが、平安時代に摺経供養(経典を印刷することで供養を行う)が流行し、平安時代から室町時代までの出版物のほとんどは仏教関係の著作や経典である。

桃山末期から江戸時代初期にかけては、古活字本やキリシタン版などの活版印刷が盛んになりました。

この時初めて、『伊勢物語』『徒然草』など仏教関係でない漢字ひらがな混じりで書かれた本が多数印刷された。

 

活版印刷

活版印刷イメージ

活字と呼ばれる鉛でできた文字を組み合わせてそれにインキを塗って印刷する方法。

1445年頃にヨハネス・グーテンベルクが活版印刷を発明したとされる。

日本には、16世紀にヨーロッパと朝鮮(北宋時代)から活版印刷の技術が入ってきた。

しかし、西洋と比べて活字の多い日本の文化にはあまり定着せず
木版印刷が盛んにおこなわれていた。

本格的に活版印刷が始まるのは、1870年以後である。
新聞、雑誌、書籍など「活字メディア」が力を発揮し始める。


写真植字、DTP技術の発展により、活版印刷は衰退していく。
 

写真植字機による刷版印刷

写真植字機イメージ

1924年に石井茂吉と森沢信夫が発明した「写真植字機」から始まった印刷方法です。

「写真植字機」とは、「黒いガラスのプレートに文字を白く(透明に)抜いた物」を感光し、印画紙やフィルムに焼き付ける機械です。

写真植字機で作成した印画紙などを台紙に貼って版下(文字、線画、罫線などを配置した原稿)を作成し、その版下を撮影してフィルムに起こし、PS版(感光液が塗布された薄いアルミ版)に刷版(フィルムをPS版にやきつけること)し印刷します。

版下などを撮影してフィルムを作り刷版して、印刷する方法。

版下とは…台紙上に文字、線画、罫線、トンボなどを配置した原稿「写真植字機」とは、黒いガラスのプレートに文字を白く(透明に)抜いた物を感光し、印画紙やフィルムに焼き付ける機械です。
 
「活版印刷」では、様々なサイズの活字を用意する必要がありましたが、「写真植字機」は一枚のプレートで、文字を拡大変形できるといる利点がありました。

そして、オフセット印刷の印刷の普及に伴い「写真植字機」(写植)も普及していきました。
 

 

DTPの登場

DTP(Desktop publishing)とは、印刷物のデザインやレイアウトをパソコン上で行い、出力することを言います。

DTPの発祥地はアメリカであり、1985年に発表されたアルダス社のPage Maker(DTPソフト)、1984年に発表されたApple社のMacintosh(Page Makerを動かすプラットフォーム)、1982年に発表されたAdobe社の発表されたPostScript(プリンターに対して描画を指示するためのプログラミング言語)以上の3つの技術が合わさったことで、DTPの発展が始まりました。

後にMacintosh対応のイメージセッター(PostScriptで作成されたデータを直接フィルムや印画紙を出力するための装置)の発展などに伴い、次第にDTPへの移行がなされていきました。

 

CTP(Computer To Plate)とはコンピュータで作成したデータを印刷用の版に直接焼き付けることを言います。1995年に開催されたドイツの印刷機材展「drupa」で発表されました。

いままで写植機やDTPで出力したフィルムを貼り合わせて、PS版に焼き付けていたものが、CTPの登場によりコンピュータで組版(レイアウトソフトなどで紙面を作ること)したデータを直接、印刷用の版に焼き付けることができるようになりました。



こうして、「DTPで組版を行い」、「CTPを出力」、「オフセット印刷」を行う現代の印刷方法が確立されていきました。